保育士不足の現状
近年社会問題として取り上げられている保育士不足ですが、以下ではその現状を詳しく解説していきます。
保育士の数は約7.4万人不足
保育業界では、待機児童問題とともに保育士不足という課題が挙げられますが、どのくらいの人数の保育士が不足しているのかご存知でしょうか。
厚生労働省によると、平成29年度末に必要とされる保育士の数はおよそ46万人と言われており、離職率などを考慮して出したこの年度末の保育士の数はおよそ38.6万人で、7.4万人もの保育士が不足している結果になっています。
保育士不足は9割の都道府県で起きている
平成25年度の新規求人倍率では、およそ9割の都道府県で1割を超えていることが分かりました。保育士の有効求人倍率のピークである1月では平成25年度の場合は有効求人倍率の全国平均が1.74倍となっています。
このことからも、保育士不足が全国に広がっているということが分かります。
保育士資格所有者の5割は保育園に就職しない
保育士不足の現状として、指定保育士養成施設で保育士の資格を取得した人たちのおよそ半数は、保育園に就職しないというデータや、保育園に就職した人たちの半数は、保育士としての勤務年数は5年未満というデータがあります。
早期離職者が多く、保育士資格所有者の半数が潜在保育士であるということからも、保育士の人材が不足しているということが理解できます。
保育士不足の原因
日本の総人口減少に伴って、現在保育業界にも「少子化」と「労働人口の減少」大きな二つの波が押し寄せてきています。
日本の総人口は2010年をピークを迎えており、現在11年連続で総人口が減少していることから労働人口の割合も低下している状態のため、保育業界の保育士採用にも影響を及ぼしています。
それでは、保育施設が保育士に長く働き続けてもらうために、新しい保育士を採用するために考慮できる原因とはどのようなものがあるのでしょうか。
責任が重い
保育士資格を取得しているハローワーク求職者のうち、およそ半数は保育士としての就業を希望していないのが現状です。その理由として最も多いのが、保育士としての責任の重さ・事故への不安です。
保育士は、子どもの教育や遊びの相手になるだけではなく、安全面にも細心の注意を払わなければなりません。小さなミスが子どもの命に直結する保育の現場では、子どもの命を守らなければならない責任や重圧が大きく、それらに耐えられない人も少なくないのです。
子どもの体調の変化や怪我に注意しながら食事などの世話をこなし、遊び相手になることは大変です。子どもの命を預かる現場に勤めることに精神的な負担を感じる人が多いことも、保育士不足の原因の1つと言えます。
賃金が低い
保育士資格を有する人が保育士への就業を希望しない理由は、責任の重さだけではなく、働く職場の環境にも理由があります。
働く職場の環境改善に関する項目について調査した結果、賃金が希望と合わないという理由が多くみられました。平成26年の保育士の賃金は、男女計で216.1千円、男性で239.4千円、女性で214.4千円となっています。
保育士、幼稚園教諭、看護師、福祉施設介護員、ホームヘルパーの全職種における男女計は329.6千円、男性で365.7千円、女性で255.6千円であることから、保育士の賃金の低さが分かります。
休暇を取りにくい
働く職場の環境改善という項目での調査では、休暇が少ない・休暇が取りにくいことも挙げられています。
近年では働き方が多様化しており、土日祝日や遅い時間でも子どもを受け入れている保育園が多くあります。そのため、保育士の労働時間や労働日数が増えて休暇が取りづらくなっているのです。
また、保育士は行事の準備、研修やセミナーなどで休日を返上して働くことも多々あります。希望休が取れないことが当たり前になっており、休まずに働き続けなければならない園もあります。
賃金が低いだけでなく、保育士という職業ではワークライフバランスが取りにくいことが、家庭を持つ潜在保育士にとってはネックになっていると言えます。
人間関係に不安がある
保育士としての就業を希望しない理由の1つに、保護者との関係が難しいという理由を挙げた人は19.6%でした。もちろん、保育士と保護者間との人間関係に不安を持つ人もいますが、園長や同僚との関係に不安を持つ人も少なくありません。
園長とのトラブルとして多いのが、園の責任者としての園長の保育の方針が合わないということが挙げられます。また、先輩とうまく情報共有ができない、厳しく対応されるといった理由もあります。
保育士は子どもと接する仕事のため、人間関係がこじれて雰囲気が悪くなることを懸念する人が多いのが現状です。
自身の体力や健康に不安がある
働く職場の環境改善に関する項目で、賃金が希望と合わないに次いで多くみられたのが自身の健康・体力への不安です。
保育士は多くの子どもを相手にする体力勝負の仕事です。
乳幼児期には子どもたちを抱っこ、おんぶしながら周囲に気を配る必要があり、場合によっては1人を抱っこしてもう1人おんぶしなければならないこともあるでしょう。そのため、腰やひざに支障をきたすことも多々あるのです。
また、4、5歳の子どもたちと全力で遊ぶことも多くの体力を消耗します。このようなことから、体力や健康面に不安を感じる方も少なくありません。
保育士不足の解決策
行政の取り組み
保育士不足の原因は多くありますが、保育士不足を解消するために行政はどのような取り組みを行っているのでしょうか。
以下では、行政が行っている保育士不足解消のための取り組みや解決策について紹介していきます。
「保育士確保プラン」を実施
厚生労働省は、保育士不足の解決策として、国全体で必要となる保育士の数を算出した上で、保育士の人材育成や再就職支援などを進める「保育士確保プラン」を平成27年に策定しました。
保育士確保プランでは、平成29年度末時点で新たに必要とされる6.9万人の保育士を確保するために様々な取り組みを実施しました。取り組み内容は以下の通りです。
・保育士試験の年2回実施の推進
・保育士に対する処遇改善の実施
・保育士試験を受験する者に対する受験のための学習費用を支援
・保育士養成施設で実施する学生に対する保育所への就職促進を支援
・福祉系国家資格を有する者に対する保育士試験科目等の一部免除の検討
・保育士・保育所支援センターにおける離職保育士に対する再就職支援の強化
・保育士確保施策の基本となる4本の柱(人材育成、就業継続支援、再就職支援、働く職場の環境改善)の確実な実施
これらの取り組みによって、これまで年1回実施だった保育士試験が受けやすくなったり、保育現場を離れた人に保育士・保育所支援センターへの登録を促したりして、再就職の希望を随時把握できるようになったのです。
この他にも、勤続年数や役職によって手当を付ける、元保育士で育児中の人をターゲットとした相談会などが実施されました。
「保育士確保集中取組キャンペーン」の実施
保育士確保プランの実施後も、保育士は不足した状態が続いていました。
そこで、政府は2020年度末までに、約32万人分の保育の受け皿を確保することを掲げた「保育士確保集中取組キャンペーン」を打ち出しました。
このキャンペーンの主な目的は、保育士の処遇改善策などに関するPR活動や、保育士の養成学校卒業者や卒業予定者への呼びかけ強化などを全国の自治体と協力して行い、保育士の就業を促進することです。
保育士確保集中取組キャンペーンのポイントには、潜在保育士の掘り起こしや就職斡旋の強化による保育士の確保を挙げています。
このキャンペーンによって、平成31年度の給与は1%上昇し、かつ技能・経験に応じて月額5千円から4万円の給与の改善が行われました。
その他にも、職場復帰のための保育実技研修や上限40万円の就職準備金の貸付、保育補助者の雇用支援、ICT活用の支援などを実施しました。上限40万円の就職準備金の貸付では、2年間の勤続で返済が免除されるといった特典を付けて、保育士の確保を図ったものと言えるでしょう。
保育士キャリアアップ研修の実施
保育士としてキャリアアップするためには、園長では平均勤続年数24年、主任保育士では平均勤続年数21年という長い年月をかける必要がありました。
そこで政府は、保育士キャリアアップ研修の実施をすることで、保育士としてキャリアアップすることのハードルを下げ、処遇改善を図ったのです。保育士キャリアアップ研修では、以下の6つの分野での研修が1分野15時間以上という設定で行われています。
・乳児保育
・幼児保育
・障がい児保育
・食育、アレルギー
・保健衛生、安全対策
・保護者支援、子育て支援
また、保育士キャリアアップ研修に伴って、職務分野別リーダー、専門リーダー、副主任保育士という3つの役職が新たに作られました。
職務分野別リーダーになるためには、概ね3年以上の経験と担当する職務分野の研修の修了、および修了した研修分野に係る職務分野別リーダーに関する発令が要件となっています。
専門リーダーでは、概ね7年以上の経験と職務分野別リーダーの経験、4つ以上の分野の研修の修了と専門リーダーとしての発令が要件です。
副主任保育士では、概ね7年以上の経験と職務分野別リーダーの経験、マネジメントと3つ以上の分野の研修の修了および副主任保育士としての発令が必要です。
上記の役職に就くことができれば、職務分野別リーダーでは月額5千円、専門リーダーと副主任保育士では月額4万円の処遇改善が受けられます。
上記であげた行政の取り組み以外にも、自治体ごとに地域にあった施策を検討して、様々な保育士不足に対する様々な取り組みが実施されてきました。
保育の取り組み
保育士不足の解消のために働きかけているのは、行政だけではなく保育園も同じです。では、保育園ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
以下では、保育士不足解消のために保育園が行っている取り組みや解決策を詳しく紹介していきます。
勤務時間や残業時間の長さを改善
業務量が多い保育士は、勤務時間や残業時間が長いことが当然のようになっています。また、すでに紹介した通り、働き方が多様化したことから土日祝日や遅い時間に勤務しているのが現状です。
厚生労働省職業安定局が平成25年に行った「保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査」では、就業時間が希望と合わないと答えた人が26.5%いました。
また、とある企業の調査ではおよそ30%の保育士が10~11時間勤務していると回答しています。ただし、希望の勤務時間を問われると5割強の保育士が、8~9時間未満の勤務を希望しているということが分かりました。
つまり、勤務時間を1~2時間短縮できれば、多くの保育士の希望を叶えることが可能なのです。
そこで、保育士の業務量を減らして勤務時間や残業時間を短縮するため、事務作業のデジタル化や効率化を図るなどの取り組み行っている園もあります。
その他にも、園全体の業務を見直すことや、保育補助者を雇用するといった解決策もあります。このように、様々な対策を取り入れることで、保育士不足を解消できる可能性があるのかもしれません。
賃金を上げる
平成26年3月に東京都福祉保健局が行った、東京都保育士実態調査の報告書によると、現在の職場に対して日ごろ改善してほしいと考えている事柄という質問に対して、59%の人が給与・賞与等の改善と答えました。
すでに紹介した通り、保育士幼稚園教諭、看護師、ホームヘルパー、福祉施設介護員の全職種の平均賃金が329.6千円であるのに対し、保育士は216.1千円と100千円以上も低くなっています。
行政も、保育士の賃金を上げるために、保育士確保集中取組キャンペーンや保育士キャリアアップ研修の実施などの様々な取り組みをしていますが、未だ充分な賃金を得られているとは言いがたいのが現状です。
また、近年都心部では、待機児童数も多くなっており保育士不足も深刻な状況です。どのような職種でも都心部では給料が高く設定されていますが、近年では保育士の給料も少しずつ上がってきています。
また、基本給だけでなく、残業代を上げるという対策を講じた保育園もあります。離職率を下げるためにも、賃金面では更なる改善が必要だと言えるでしょう。
保育士の評価制度を設ける
行政は、従来よりも保育士のキャリアアップを図りやすくするために、保育士キャリアアップ研修という仕組みを構築しました。保育士キャリアアップ研修では、体系化された分野別の研修を受けることで、職務分野別リーダーなどの役職に就くことが可能になりました。
保育士に限らず、働く人のモチベーションを上げることは業務の効率にも繋がるためとても重要なことです。保育園や施設では、明確な評価体制が整っておらず、勤続年数が長いことを重視されがちです。
保育士のモチベーションを上げるためには、役職などのグレードごとに設定された給与や賞与のシステムや、それに沿った評価制度を設けるなどの取り組みが必要となります。
実際に、明確な評価制度を設ける保育園も増加傾向にあります。例えば、自分が抱えている業務の正確さや進捗、子どもへの対応、保護者への対応といった項目で自己評価を行い、それを元に第三者が評価を行うといったシステムを整えることなどが挙げられます。
自分の努力が目に見える形で現れ、評価されることで認められたと感じることができ、結果としてモチベーションアップに繋がります。
風通しの良い職場にする
厚生労働省が行った調査では、令和2年4月時点で男性の保育士登録者数は8万2330人であるのに対し、女性の保育士登録者数は158万3219人でした。保育業界は圧倒的に女性の多い職場です。
保育士として働いている人の中には、保育士同士の意見や考えが合わないことが理由で退職する人も少なくありません。
同性同士だからのこのトラブルも少なくなく、働き方や教育への考え、価値観の変化が長年現場で働いてきた保育士とそうでない保育士との間に壁を作ることもあるのが現状です。
お互いが切磋琢磨し、励まし合いながら働くことができればモチベーションも上がりますが、必ずしも良い関係を築けるとは限りません。
人間関係のトラブルを少しでもなくすために、保育現場では下からの意見を通りやすくすることやハラスメント防止が求められます。これらのことを達成するには、管理者が現場の声に耳を傾けて、園全体が1つのチームとして働ける環境を整えることが大切です。
下からの意見が通りにくい環境では、新人に対するいじめやハラスメントが発生しやすくなってしまいます。
管理者はときに厳しく指導することも必要ですが、厳しくしすぎれば部下にとってはプレッシャーとなり本来の力を発揮することができません。風通しの良い職場にするためには、現場の状況を把握して適切なフォローを行い、働きやすい環境や人間関係を構築することが重要です。
園全体で保護者の要望に取り組む
保育の現場では、保護者からの要望やクレームに頭を悩ませる人が多くいます。
実際、厚生労働省職業安定局が平成25年に行った「保育士資格を有しながら保育士としての就職を希望しない求職者に対する意識調査」の、保育士としての就業を希望しない理由として、19.6%の人が保護者との関係が難しいと答えています。
保護者からの要望には、本来は家庭で解決すべき問題や過剰な要求が含まれることも少なくありません。
多くの業務を抱える保育士が、保護者からの要望に1人で応えるのではなく、対保護者に関する担当者を決める、マニュアルを作るなどの解決策を園全体で取り組むことで、保育士にかかる負担を軽減することができるでしょう。
また、クレーム処理に関しては、担当する保育士自身の精神的な負担になることも考慮しなければなりません。保育士が本来やるべき業務に集中できるように、専門機関にクレーム処理を依頼することも検討すると良いのかもしれません。
クレームを受けた際に、担当の保育士だけで解決せずに、気軽に園長などの管理者に相談できるような雰囲気づくりも重要と言えるのではないでしょうか。
まとめ
保育士不足の解消のために、賃金アップや研修制度の充実化などを試みていますが、何か一つの施策だけで簡単に解消できた施設は多くないのではないでしょうか。
保育士不足を解消するために大切なことは、保育士不足の原因をしっかりと理解した上で、現場の保育士の処遇改善や潜在保育士が就業を希望できるような環境整備などの解決策を立てることだと言えるのかもしれません。
参考文献:
厚生労働省
保育人材確保のための『魅力ある職場づくり』に向けて
厚生労働省
我が国の人口について
厚生労働省
保育士等に関する関係資料
厚生労働省
保育士確保プラン
厚生労働省
「保育士確保集中取組キャンペーン」を実施します
厚生労働省
保育士等(民間)のキャリアアップの仕組み・処遇改善のイメージ
厚生労働省
保育士等に関する関係資料
厚生労働省
保育士登録者数等(男女別)