保育士の「次に注視するのは、どこか」を分析、可視化する(前編)

保育士養成課程の「子どもの理解と援助」において、子どもの理解を進めるために、子どものことを丁寧に観察することがうたわれている。「子どもの観察」には、子どもの声に真摯に耳を傾けることなど五感をフルに活用するべきことは確かだが、やはり、視覚、つまり子どもを、良く、かつ先入観なく「視る」ということが大きな割合を占めることは否定できないであろう。では、保育士は子どもと接している時に、何を視ているのだろうか。

今回は、「保育士の視線」の動き、注視先の遷移パターンについて、ごく簡単な分析をする機会があったので、その分析について簡単に紹介していく。

 

眼球運動の種類~サッケード運動

さて、視線の動き、注視先の遷移とは、眼球運動の結果である。この「眼球運動」には、いくつか種類があるが、代表的なものとしては、「衝動性眼球運動」と「滑動性(追従)眼球運動」がある。

衝動性眼球運動とは、サッケード(saccade)運動とも呼ばれ、ものを見ようとして注視点を変える時に発生する早いスピードの運動だ。そのスピードを1秒間に換算すると、2回転してしまうほどのスピードとなる。

滑動性眼球運動とは、ゆっくりと移動する物体を追尾する時に発生する滑らかな運動である。

 

これらの眼球運動の説明から分かるように、視線の動き、注視先の変遷を分析するということは、概ね、衝動性眼球運動(サッケード運動)をデータ化して、そのデータを処理して、解釈するということに相当する。

ちなみに、このサッケード運動中の網膜に写っている像は急速に変動しており、その像の変動がそのまま視覚認知されれば、人はサッケード運動中に「ブレた」映像を認識するはずである。しかし、人は、そのような「ブレた」映像を認識することはない。このような「ブレ」を認識しない現象を「サッケード抑制」という。このサッケード抑制がどのような機序で生じるのかは、長年、視覚認知についての研究課題であり、近時の脳内処理のメカニズム解明の進捗により、サッケード抑制の謎も徐々に明らかになってきているそうであるが、その話題はまたの機会としたい。

視線の動きを分析するとは?

さて、人が何かを見ているというはどういうことなのであろうか。

「絵や風景などのパターンを視ているときは、対象全体をスキャンするように見ることはまずなく、パターンの中の注意を引くところ、顔であれば目の付近、また図としての特徴点、などを集中的に繰り返し見る。」(「眼球運動の種類とその測定」光学 第23巻第1号 2p)。

また、「周辺視野のどこかに何か注意を引くものが見えると眼はそちらに動く。現在見ている方向がすでに十分注意を引いている場合には周辺視野に現れた新たな注意を引くものに気づかないかもしれない。眼球運動を測定すれば現在どの位注意を払っているかを測定できよう。」(同 3p)

 

このように眼球運動を測定するということは、その対象者の注意の向き先を分析するということになる。より具体的に分析対象となるのは、サッケード運動の前後の眼球運動が止まった時に見ている部分となる「注視先」であり、これを「停留点」という。

サッケード抑制があるので、人間が認識しているのは、この「停留点」の映像となる。この停留点を分析する手法には、代表的なものとして次の4段階、4種類があるとされている(大野健彦「視線から何が分かるか-視線測定に基づく高次認知処理の解明」 Cognitive Studies 9(4) 2002年 569p)。

(1)統計的分析

一定時間にえられた停留点データを統計的に分析して、統計量の比較をおこなう。

(2)時系列分析

転属する複数個の停留点集合について、順序情報を利用した分析をおこなう。

(3)認知プロセスの推定

時系列的な低中点の変化から、認知処理過程のモデルを作成する。

(4)認知プロセスの自動解釈

一般に認知処理過程のモデル化は手作業によっておこなうが、パターン認識の手法を利用して自動的におこなう手法も提案されている。

今回の分析の内容

今回の試行的分析は、砂場遊びに付き添っている保育士20名の注視先の遷移を、上記の(2)の「時系列分析」という方法で分析したものであり、特に注視先遷移の順序情報を中心的に利用している。
実際には、注視先を空間的に連続して把握するのではなく、「子どもの顔」「子どもの体」「砂場内」「砂場外」「その他」の5つの領域に分け、10分程度の時間の間に、どういう順で保育士の注視先が遷移していったのかという観点からデータを分析している。
なお、今回の分析では、「注視」とは、800ミリ秒以上、視線が動かなかったものとして分析した。
また、途中にこの注視時間に達しないごく短い時間だけ視線が移った場合にも、視線が動いたと解釈しているため、同じ注視先が連続して現れることになる。

さて、今回の分析の主眼を、「ある注視先を見たあと、次には、どこに注視先が動くのか、そのパターンを発見する」ということに置いた。
そこで、ある領域を注視したあとに、どの領域に何回注視先が遷移したかを5つの領域ごとに確認し、注視遷移回数に占める割合を「確率」として、各保育士について計算した。その後、その「確率」を「子どもの顔⇒子どもの身体」のような遷移パターンごとに平均し、一旦、保育士の個人差を脇に置いて、「平均的な注視先の遷移」を表にまとめてみた。
それが、次の表である。表の行が「最初の注視先」で、表の列が、その行頭の注視先から遷移した「次の注視先」として表を作成している。例えば、%値が入っている左上のセルは、「子どもの顔→子どもの顔」という遷移の「確率」を表しており、その右隣のセルは「子どもの顔→子どもの身体」という遷移の「確率」を表している。

 

視線の移っていく確率(過程)

「その他」を除く領域ごとに、注視先の遷移の可能性(確率)を見てみる。

 

①「子どもの顔」

「子どもの顔」を見た保育士は、まず一旦、「その他」領域に視線をそらす。また、砂場外に視線を向ける可能性も高い。子どもの顔や身体、そして「砂場遊び」のフィールドであり、「環境構成」の中心となる「砂場内」を見るのは、概ね10%程度だった。

 

②「子どもの身体」

「子どもの身体」を見た保育士は、「その他」か「砂場外」に注視先を向ける可能性が高い。再び「子どもの身体」か「砂場内」に視線を向ける可能性が、それに次ぎ、「子どもの顔」に視線を向ける確率は低かった。

 

③「砂場内の砂・道具」

「砂場内の砂・道具」を見た保育士は、50%の確率で、一旦、砂場外に視線を移していた。また、「その他」にも5分の1程度の確率で視線を移す。視線を「砂場内」に向け「続ける」可能性がそれに次ぎ、子どもを見る確率は低かった。

 

④「砂場外」

「砂場外」を見た保育士は、50%の確率で、「砂場外」に視線を向け続けていた。「その他」に視線を移す確率が2割、「砂場内」に視線を移す確率が14%で、顔と身体を含む「子ども」に視線を移す確率が15%であった。

 

少しまとめると、次のようになる。

・そもそも、「次の注視先」として、「子ども(顔、身体)」となる「確率」は、個別にみると「砂場外」の4分の1、「子ども」でくくると半分となり、砂場内と同程度となる。

・「子ども(顔、身体)」→「砂場外」 と 「砂場内」→「砂場外」の確率 に差がある。

・「砂場外」から、・「子ども(顔、身体)」と「砂場内」に遷移する確率は、ほぼ同じ。

・子どもの身体→身体の「確率」は、子どもの顔→顔の「確率」の倍。

・砂場内外から、つまり、広義の環境からは砂場外に行く、確率が高い。

 

 

次回は、この表に表されている保育士の注視先遷移の「確率」を、もう少し分かりやすく表現することを考え、その「表現」から推察できる保育士の週先遷移について仮説的な解釈を提示してみたい。

 

<関連エントリー>

保育士の「次に注視するのは、どこか」を分析、可視化する(後編)