保育士のリーダーシップと子どもたちの発達のための「足場つくり」

リーダーシップ論の隆盛

保育所保育では、核家族化した家庭における育児と異なり、子ども集団において、子ども一人ひとりの成長や発達をサポートしていく必要があります。クラス担任の保育士の皆さんも、クラス運営をしているということは、組織=人間集団の運営をしていることになります。

そのような、組織のマネジメントについて専門的に研究しているのが、「経営学」です。このブログでは、その経営学の中でも「リーダーシップ論」について、少し考えていきます。「リーダーシップ論」は、この分野だけの専門学術誌もあるほど、経営学の中で重視されている分野です。

さて、リーダーシップの古典理論では、リーダーシップの本質を、「リーダーの個性」「リーダーの行動」と捉え、さらに、それらの個性や行動がリーダーシップを発揮する状況の条件設定を研究するという方向でした。

リーダーシップとは相互作用

しかし、現代的なリーダーシップのモダン理論では、異なる視点が持たれるようになっており、リーダーシップの現代的な定義の様々なバリエーションに共通する要素として、次の3つが抽出できるとされています(「組織行動論の考え方・使い方」 p88を参照)。

①リーダーシップを、フォロワーとの相互作用の中で発生する現象としている

②リーダーシップは、目標達成に向けた活動の中で生起する現象である

③リーダーシップは、他者への影響過程として定義される

さらに、同じ箇所では、引き続いて、次のように説明されています。

「リーダーシップは、能力や人格のように特定個人の内部にある「何か」ではなく、それらを重要な原資に、ある人がフォロワーに対して目標達成に向けたポジティブな影響を与えたとき、はじめて生起するものなのである。

このように、リーダーシップを「目標達成に向けた活動においてフォロワーとの相互作用の中で起こる影響力」として捉えるのが、2020年現在のリーダーシップ研究の最もオーソダックスな考え方であり、しばしば影響パラダイム(influence paradigm)などと呼ばれる。」

このように、現代的な考え方では、リーダーシップは、有無を言わさず物事に従わせる権力(power)や権威(authority)とは、全く異なるものと概念構成されているのです。

子どもの発達を支えるリーダーシップ

経営学という、一見、保育とは縁遠いように思われる研究分野における「リーダーシップ論」ですが、保育における「保育者と子ども達の相互作用」についての考え方と、実は違和感のないものとなっているのです。

 

さて、リーダーシップとは、目標達成に向けた活動の中で生起するとされています。では、保育実践における「目標」とは何でしょうか?

保育所保育指針では、究極的な「保育の目標」として、「子どもが現在を最も良く生き、望ましい未来を作り出す力の基礎を培う」こととされ、より具体的な内容が養護といわゆる5領域ごとに設定されています。

つまり、保育におけるリーダーシップとは、子どもたちの成長や発達を促し、「未来を作り出す力の基礎」を育成、涵養する活動の中で生起する、子どもたちにポジティブな影響を及ぼす過程ということになります。

文字通り、保育士のリーダーシップが、子どもたちの発達を支えるということなのです。

進捗を助けることの重要性

保育におけるリーダーシップの具体的なイメージを得るために資すると思われる、さらに興味深い研究、文献として「マネジャーの最も大切な仕事」という書籍があります。

この書籍、研究の主張するところは、同書p22 によると、次のようになります。

「私たちの研究から誕生した新常識においては、マネジャーが進捗に着目したときに決定的なマネジメントの影響が現れる。それは各人の個性に着目するよりも直接的なことだ。人びとが大切にする仕事の進捗を手助けするために必要なことを行えば、彼らを(および組織を)マネジメントすることが遥かに簡単になる。相手の心のうちを解析したり、インセンティブを調整したりする必要はない。なぜならメンバーが違いを生んで成功するようサポートすることは、事実上彼らの豊かなインナーワークライフと強固なパフォーマンスを保証することになるからだ。これは大きなインセンティブに頼るよりも費用効率が良いことでもある。進捗に向けたマネジメントをしないと、どんな感情知能もインセンティブも成功をもたらさない。」(下線部は引用者による)

目の前に人参をぶら下げたところで、リーダーシップを発揮することにはならないということです。マネジャー=リーダーは、メンバーの進捗に関心を払い、その進捗を「手助け」することが求められているというのである。

発達を生み出す「足場つくり」

子どもたちの成長や発達の手助けをするというのは、言い換えれば、子どもたちの成長や発達のための「足場つくり」ということになるでしょう。ヴィゴツキーの「最近接発達の領域」という発達観では、子どもの発達とは、自分一人では実行できないが、大人や少し発達の進んだ仲間と一緒に物事に取り組むことによって、新たに達成できることというになるでしょう。

この「一緒に取り組む」こと、あるいは「一緒に取り組める」ように環境を構成することは、まさに「足場つくり」ということになり、子どもの発達の「進捗を手助けするために必要なこと」に該当することは、理解頂けると思います。

 

つまり、保育におけるリーダーシップとは、子どもたちの発達や成長のための「足場つくり」のための様々な活動の中で、子どもたちと保育士の相互作用が発生し、その結果、子どもたちの成長や発達にポジティブな影響が及ぶ過程ということになります。

 

保育士の皆さんが記録する子どもたちの発達経過記録とは、まさに、この足場つくりの前提となる情報を可視化するものです。「出来たこと」の評価のためのものではなく、「最近接発達の領域」が奈辺にあるのか、つまり足場を作る場所を保育士が判断するための最重要な情報ということになります。

保育におけるリーダーシップの始まりは、発達経過記録をどのように作成し、それを保育士がどう解釈するかと言うことにあると言っても言い過ぎではないではないでしょう。あるいは、子どもの発達をどう理解するかということと、保育におけるリーダーシップの発揮とは、不即不離の関係に在ると言えるのかも知れません。

 

大きな目標と小さな進捗を共に歩む「伴走者」

保育士とは、小さな仲間である子どもたちの成長や発達という「大きな目標」の達成を共に目指すリーダー、マネジャーとして、子ども一人ひとりの発達過程を把握し、「小さな進捗」を助けるための「足場つくり」をしていく存在ということになります。

勿論、保育士の皆さんにとって、「そんなの分かっている」と言うことかも知れません。しかし、保育とは無関係と思われている経営学や組織論という分野でこのような議論が進められているとともに、それらが、保育実践にも示唆するものが多いということを紹介させていただきました。経営学の知見から、「主旋律を奏でる子どもの伴奏者」、「ペースを見つつ共に進む伴走者」たる保育士というロールモデルが出てくるところが面白いところではないでしょうか。

 

私たちは、保育システムや保育に関するデータの解析を通じて、このような保育士の皆さんの「足場かけ」のお手伝いをしてければと思っています。